連ドラ時代劇がルーチン制作でマンネリ化する中、時代劇ファンや一般視聴者の人気を得たのが『原作のある時代劇』だった。
池波正太郎の『鬼平犯科帳(中村吉右衛門)』や『剣客商売(藤田まこと)』、柴田錬三郎の『御家人斬九郎(渡辺謙)』などである(この3作についてはまたの機会に!)。
藤沢周平作品も、そんな中、再注目された。
今日、ご紹介するのはその中でも屈指の人気を誇った作品だ。
蝉しぐれ
牧家嫡男・文四郎は養子だった。
養父の助左衛門は武骨だが仕事にも誠実、家族を大切にする男らしい人物だった。
文四郎は血のつながりのある養母よりも、養父を慕い、道場に、学問に自らを鍛える日々を送っていた。
隣家の娘・おふくは幼いながらもそんな文四郎に淡い恋心を抱き、いつの日かと文四郎さまと・・・と彼を目で追う日々だった。
そんな或る日、海坂藩にお家騒動が勃発。
助左衛門は汚名を得て切腹する。
照りつける日差しと蝉しぐれの中、父の遺体を大八車に乗せ、帰り道を歩む文四郎。
嘲りの声やこころない言葉が飛びかう中、親友の小和田逸平と、おふくが駆けつけ、文四郎とともに大八車を押してくれた。
父の死後、家禄と屋敷も奪われた牧家は困窮を極めたが、亡き父の友人や逸平らに励まされ、文四郎は海坂藩でも指折りの剣客へと成長する。
一方、おふくは江戸屋敷の奥向き勤めをすることに。文四郎と離れたくないおふくは牧家が住む長屋を一人訪ねるが、文四郎は留守。ふくは泣き泣き江戸へ旅立っていく。
文四郎が『秘剣村雨』を伝授された頃、もう一人の親友・島崎与之助が一時帰国。おふくが殿の側室になったことを告げる。
ふくは最早、手が届かぬ存在となった・・・。
その頃、文四郎は、父を死に追いやった家老・里村左内より呼び出しをうける。
家禄を戻してやるから父と同じ役目で働けと云うのだ。
里村の誘いと知り、文四郎の身を案じるとともに、夫の仇の情けを受けることに憤りを感じる登世。
しかし文四郎はこれを受ける。
父と共に切腹した矢田作之丞の美しかった妻が、貧困と寂しさの中、身を持ち崩し、心中して果てたのである。
貧困は人の未来を奪う。
しかし登世の心配は現実のものとなった。
里村は文四郎の剣の腕を知り、捨て駒として自らの役に立てようとたくらんでいたのだ。
里村は、次期藩主争いに絡み、欅御殿に潜む赤子を自らの屋敷に連れてくるよう、文四郎に密命を発す。
その赤子・・・ふくが生んだ子供・・・文四郎は里村の行動から、なにやら怪しきものをかんじとるのだが・・・。
この連ドラ版、私がオススメする見処は2点。
1つは父の遺体を乗せた大八車を文四郎たちが推す場面。
蝉の声が響き渡る山道で、大八車が動かず立ち往生する文四郎。
お供えの花を摘んできたおふくはその様子を見て駆け寄ります。
助左衛門の遺体を見て目を伏せるが、花を供えて一拝み。とたんに一緒にきゃしゃな体に満身の力で押し始めます。それをみて安心なのか、よろこびなのか、一瞬見えるか見えないかのエゴを見せる文四郎。
もう一つはエピローグ。
殿の死を迎え、出家剃髪を決めたお福の方は、今生の別れに文四郎を呼びい出します。
思い出語りの後、彼女が呟くように、振り絞る世にいうのです。
「文四郎さまのお子が私の、私の子が文四郎さまの子になるような道はなかったのでしょうか?」
年を重ねると、あのときああしてればどうなったろうか?
あの決断は正しかったろうか?
いや仕方がなかったんだよなぁ。
今に不満があるわけでもなく、後悔や反省でもないんだけど、ほかの可能性があったことを想う瞬間があります。
あったかもしれないもう一つの未来・・・それも含めて「生きる」ってことなんでしょう。
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