王楽、七代目・三遊亭圓楽に!

落語で語ってみた 笑いはともだち
落語で語ってみた

2/26なので少し前の話だ。
五代目・三遊亭圓楽の末弟子・三遊亭王楽が七代目・三遊亭圓楽を襲名された。
六代目・圓楽(楽太郎の円楽)から見れば、弟弟子への継承となる。
これにはいろいろ事情があるらしい。真偽は定かではないが、下記のようなことが噂されている。


三遊亭王楽(現・七代目三遊亭圓楽)落語CD


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1.王楽師匠の人気と実力が十分だった。

私自身は、これは間違いなく理由の一つにあると思う。
テンポがよくリズミカルな語り口。古典落語の名手でありながら、現代の風刺や描写をところどころ入れ込み、古典の中に新作を感じさせる・・・王楽独特の落語には魅力がある。
五代目、六代目と継がれてきたハンサムの系譜(?)も、若いころほどではないが健在だ。
落語会などのプロデュース力は六代目・桂文枝(桂三枝)を唸らせるほどだ。
「間を聴かす」という技はないので落語自体の評価には賛否両論あるだろうが、あのテンポのよさ、歯切れのよさはTikTok世代にはよく合うと思う。


三遊亭好楽・落語全集(CD8枚組)

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2.後ろ盾が強い。

王楽師匠には失礼な話だが、口差がない落語ファンからよく聞く話だ。
王楽の実父は、兄弟子でもある三遊亭好楽だ。
好楽と云えば長寿番組『笑点』の人気者で、六代目・円楽亡き後、三遊亭でもっとも一般に顔が売れている噺家だろう。
当然発言力や存在感もある。さらに好楽師匠はもともと林家彦六(八代目・林家正蔵)の弟子・林家九蔵である。
彦六死去の際、もっと古典を勉強したいと五代目・圓楽門下に移籍したが、今も林家一門との仲は続いている。
現・林家正蔵(こぶ平)の海老名家さんとは「九蔵名跡」問題で揉めたとも聞くが、全面的対決には至ってないだろう。


六代目・三遊亭円楽(楽太郎)落語CD

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3.六代目・圓楽の遺言

確か六代目の惣領弟子である三遊亭楽生師匠がYouTubeで語っておられたのだが、六代目・圓楽が三遊亭圓生を継ぐ予定だったという。
そのため『圓楽』の名跡は、先代・五代目の直系に戻そうということだったらしい。
楽生自体が七代目襲名の最右翼と云われた時期もあるので、これも理由の一つではあるだろう。


落語家さんは先代の顔がちらつくうちは名跡を継がないことも多いようだが、『圓楽』は五代目、六代目の落語が耳に遺っている段階での、七代目誕生になる。
王楽師匠の肝っ玉の太さには感歎する。

古来、名跡を継ぐと、どうしても先代と比較される。
はっきり言って死者は強い!喧嘩ばかりしていた親父でも死ぬと、一緒に風呂に行ったり、練習につき合ってもらったり、と楽しかった思い出しか思い出さない。
料理屋さんでは跡取りがどんなうまい料理を作っても「まだまだおやじさんには敵わないな」なんて常連さんに言われてしまう。
二代目・京山幸枝若さんに至っては、人間国宝になったのに、「初代の方がよかった」なんて言われてしまう。

比較されるのを承知で受けて立つ、その気概だけでも新・圓楽には期待してしまう。
繋ぎの名前だった『圓楽』を五代目、六代目が三遊亭の大名跡に押し上げた。七代目に新しい彩を加えて戴けたら最高であろう。

ちなみに『えんらく』の表記だが、正しくは『圓楽』旧字体らしい。
ただ六代目などは、ファンやテレビを意識して『円楽』をよく使っておられた。七代目はどうされるのか?

寄席やYouTubeだけでなく、関東在住でないネットがあまり得意でない方にも、七代目・三遊亭圓楽の落語を聞いていただけるよう、CDを発売してもらいたいと願う次第である。


三遊亭一門の落語