朗読CD『プリズンホテル・夏 / 浅田次郎』

朗読CDご紹介 物語を語ってみた(^^;
朗読CDご紹介

浅田次郎の人気小説『プリズンホテル』シリーズ(プリンスホテルではない)。
そこに集う不思議な従業員たちと宿泊するお客さんたちを語る物語だ。

過去に何度かドラマ化されてるが、正直この物語の一番大切な所と向き合えた作品はないように思う。
だから現時点で、
浅田次郎さんの『プリズンホテル』を楽しみたいなら、現作本を読んで戴くか、朗読CDがいいように思う。

私が思うに『プリズンホテル』のテーマは『哀』だ。

 山奥の本来は高級温泉ホテルを買い取ったのは、総会屋=やくざの大立者・木戸仲蔵。
昔ながらの任侠ものである仲蔵は、訳アリの子分衆にホテルスタッフの仕事をさせる。
「一度ゲソをつけた方は家族同然」という親切・真心をモットー、スタッフも一生懸命。
とはいえ、それはそれ・・・頬に傷ある奴や、いちいち渡世言葉で話す奴、聞いたこともない南の島から来た仲居さん。
好んで宿泊する方はあまりおられません。
自然、出所した元受刑者のリハビリや弟分たちの宴会場になってしまいます。
本来はホテル内の美しい紫陽花にちなんで『あじさい』と名付けられたホテル。
今はその様相から『プリズン(監獄)ホテル』と呼ばれています。

群像劇ですが、まぁ主人公かなと思われるのが、仲蔵の甥で小説家の木戸孝之介。
代表作は『仁義の黄昏』シリーズ。
けっこう屈折した人物です。
父は小さな工場を営んでいたが、幼い頃に母が若い従業員を駆け落ち。孝之介の目の前でバイクに跨り去っていった。
その後、工場の従業員だった若い女性が後添えになり、孝之介を育てた。
しかしこの女性が孝之介から言えばどうしようもなく愚図でバカで頼りない。
孝之介は彼女のミスでいろんなところで恥をかき、ひどい目にあわされた(と彼は思いこんでいる)。
事実上の妻である清子は、夫が殺人で懲役になり、娘と寝たきりの母を抱え、生活苦に喘いでいたところを月20万円で買った女。
孝之介はこの女性二人を事あるごとに不満のはけ口にし、殴る蹴るを繰り返し、執筆活動に精を出している。
とてもとても感情移入できない人物。

長い間、父の遺言で仲蔵と縁を断っていた孝之介だが、仲蔵からホテルのオーナーになったと聞き、遺産相続への興味もあり、清子を連れてホテルへやってくる。
時を同じくして、大手商社を定年になった老夫婦、資金繰りに困り最後の旅行に出た一家、先日出所したが既に組が解散し行き場所がない渡世人、などが宿泊する。

従業員側にもさまざまな人間模様がある。
新支配人の花沢は、顧客の為、ホテルマンとしての矜持の為、行った行為がすべて否定され、このホテルに流れ着いた。
番頭の黒田旭は根っからのやくざものだが、根は善人? でも何かを隠している。
調理場は、先代から務める板長と、訳アリで左遷された人気シェフが凌ぎを削る。

すべての人生に物語があり、誰にも言えない、言いたくない傷や逃れられない性があり、それでも生きる『哀』がある。

テレビドラマには、この複雑な人間関係は手に余るだろう。
なにより本来の主人公である木戸幸之助に好感を持つ人はまずいない。
第一、放送コードに引っかかる。
結果、真面目な新支配人・花園をココリコの田中さんに演じてもらい、軽いコミックドラマに仕立てるぐらいで手を打ってくる。
ココリコ田中さん主演の『プリズンホテル』、何話かは見た。
これはこれで面白かったが、私には『プリズンホテル』の設定を借りた異なる物語。スピンオフに感じた。

一つ前のブログで紹介したAKASAKIさんの『弾きこもり』の冒頭で
「真面目ぶった音楽に嫌気がさしてんだ。入り浸った理想郷に・・・」という歌詞がある。

教科書に載っているような正論を、恥ずかしげもなく己のセリフのように語る人が多い世の中だ。
けれど実際には不条理や筋の通らぬことが罷り通るのも世の中だ。
世間という器から溢れ出た人々の心に思いを馳す。
その復活を応援する。
木戸仲蔵の『プリズンホテル』はそんなホテルだ。


朗読『プリズンホテル』(全4巻/分売可能)
浅田次郎小説・朗読CDシリーズ